ハビエル・オチョア


ハビエル・オチョア

ハビエル・オチョア・パラシオス(Javier Ochoa Palacios 1974年8月30日生)
 [スペイン・自転車競技選手]


 バスク地方ビスカヤ県バラカルド出身。1997年から2001年までの間、ケルメ・コスタ・ブランカに所属していた。2000年にはツール・ド・フランス2000に出場しており、第10ステージのオカタムの山岳ステージで区間優勝を果たし、総合成績では13位、山岳賞ではコロンビアのサンティアゴ・ボテーロに次ぐ2位となった。

 2001年2月、双子の弟のリカルドと共にマラガでブエルタ・ア・アンダルシアに向けて練習していたところ、後ろから来た車に二人ともはねられた。弟のリカルドは即死、ハビエル自身も脳に強くダメージを負ったほか、全身を複雑骨折し手術を行ったものの昏睡状態へと陥った。一時は医師より生命維持装置を外すことも提案されたが家族は回復を信じて治療を続け、60日以上昏睡状態を経てついには意識が戻った。脳への障害からツール・ド・フランスでの区間優勝や事故の記憶やなどは失っており、片側の肺の損傷などもあったが懸命なリハビリを続け2004年にはアテネパラリンピックへと出場することになる。そのアテネではロードレース/タイムトライアルlCP3では金メダルを獲得、追い抜きにおいても予選で世界記録を樹立したものの、決勝でイギリスのダレン・ケニーがその記録を塗り替え、銀メダルに終わった。2008年の北京パラリンピックではタイムトライアルCP3で金メダル、ロードレースLCでは再びダレン・ケニーに次ぐ銀メダルを獲得した。





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